溶接界最強決まる 30万人の頂点に君臨するの溶接士中神貴紘さん(東芝エネルギーシステムズ) 「才能は努力と工夫で超えられる」
お笑いで最高峰の漫才師を決めるM1グランプリで令和ロマンが優勝したのが記憶に新しい。
一方、その頃、溶接業界でも日本ナンバーワンが決める全国溶接技術競技会の審査が終わり、被覆アーク溶接の部(手溶接)を東芝エネルギーシステムズ京浜事業所で勤務する溶接士・中神貴紘さんが制したことが発表された。
今回のWelding Mateでは、全国30万人の溶接士の頂点に立った中神さんに話を聞いた。
東芝の新入社員は、1年目はスクールで技能研修を行うため、2011年に入社した中神さんの溶接士としてのキャリアは、2012年からスタートした。
同社では、社内でも溶接技能競技会が開催されており、中神さんは2013年度に努力賞を獲得。翌2014年度には社内競技会で2位となり、その実力を認められて、2015年度から神奈川県溶接技術競技会へ出場するようになった。
中神さんの競技会での実績は目を見張るものがある。
初出場となる15年度の神奈川県大会では、半自動溶接の部(半自動)で2位となり、全国大会に進出。16年度は神奈川県大会で1位、17年度は2位。18年度は全国大会出場を逃したが、19年度には手溶接に部門を切り替え1位に輝いた。
コロナ禍の20・21年度は大会に参加できなかったものの、22年度には神奈川県大会の手溶接で2位。23年度には全国大会出場を逃したが、24年度には遂に手溶接で全国制覇を果たした。
つまり8回の競技会出場経験のうち、6回も全国の舞台に駒を進め、1度は全国優勝を成し遂げたのだ。
しかし、中神さんは自身の溶接技能について「センスが全くなかった」と振り返る。
中神さんは宮崎県の工業高校を卒業後、教師の勧めで東芝に入社した。
初めて溶接作業を見た際には、「高温の火花の中、作業服で厚着しながら働くのは厳しそうなので、できれば避けたい」と感じたという。
しかし、配属されたのは溶接専門部署。そこで中神さんの才能が開花していった。
2012年から15年までは、火力発電プラントに使用される低合金鋼や炭素鋼を使った大型熱交換器の溶接に従事していた。中神さんは「その頃に全国大会で日本中の凄腕溶接士の技を目にして、少しずつ溶接にのめり込んでいった」と振り返る。
15年以降は原子力発電プラント設備の部門に転籍し、ステンレスを中心にしたティグ溶接を軸に幅広い溶接作業を担当している。
特に板厚150㍉以上で、特殊なステンレス合金に対して、何十層も肉盛りしながら仕上げる特殊な溶接加工にも取り組むなど、さらなる高度な技術を磨いてきた。
近年は、核融合炉「イーター(ITER)」の溶接作業にも従事している。
ITERは全てのエネルギー問題を解決する可能性を秘めたプロジェクトとして世界中から期待がかかる建造物だが、専用の超特殊溶接棒を使う必要があり、前例がない技術が求められる。
「絶対零度の環境に耐えうる特殊合金は溶接時に不純物が浮きやすい。その都度、研磨しながら進めなければならず、非常に時間と労力がかかる」と中神さんは語る。
また、中神さん自身は、「私はかなり大雑把な性格なので、コンマ単位の作業では、性格が出ないように気を付けている」と苦笑しながら話す。
日々、高難易度の溶接作業に携わる中神さんだが、全国大会に向けた練習は大会の1ヵ月前から始めたという。特訓期間中には、9㎜鋼板150継手分と、4.5㎜鋼板200継手分のテストピースを溶接した。
「練習のための鋼板を大量に用意していただき、1ヵ月間集中して技能を磨く環境を提供してもらえたことに感謝している。競技会を重視する社風や、過去に全国制覇した先輩社員の教えがなければ、これほどの練習量を確保するのは難しかった」と中神さんは話す。
また中神さんは、「溶接競技会は『溶接外観』が目につきやすいが、曲げ試験での割れの審査と、RT試験での内部欠陥の審査が、全800点満点中の600点を占めている。内部の溶融状態が完璧になるよう重点的に練習し、溶接外観は整え方だけ練習するのが優勝への近道だ」と判断したという。
そこでまず、自身の弱点を徹底的に潰すスタイルを採用。
テストピースを大量に溶接し、1枚1枚、簡易的な曲げ試験を行うことで、自身の弱点を探った。結果的に中神さんの弱点として、薄板(4.5㎜)、中板(9㎜)ともに溶接繋ぎ位置で減点されやすいことが判明した。
その課題に対し、4.5㎜鋼板では「肉盛り時にクレーターを一つずつ消すように溶接棒を軽く押す工法」、9㎜鋼板では「溶接棒を押し込む強さとタイミングを調整することで美しい裏波を実現する工法」を見出した。
全国大会直前には、東芝エネルギーシステムズ内で行われた、県内外の全国大会出場者を集めた合同練習会にも参加。「練習材料や練習期間を確保していただいただけでなく、他県の溶接士と意見を交わせたことが大きな学びになった」と話す。
中神さんの全国制覇を語る上で欠かせない存在が、同期入社の馬原涼太さんだ。
馬原さんは、2019年度全国大会の手溶接で優勝しており、24年度大会も半自動で神奈川県大会を突破していたため、共に練習を重ねた仲間だ。
中神さんは、「あれほどの天才を見たことがない」と話す。
馬原さんは、入社後、初めて溶接を行った時から美しいビードを引き、周囲を驚かせたという。中神さんは、馬原選手に追いつくために常に「どうすれば上手くいくか」を考え、努力を重ねてきた。
今では東芝エネルギーシステムズの2枚看板となった中神さんと馬原さんだが、中神さんにとって馬原さんは、「会社が一緒、年齢も一緒、溶接という職種も一緒、釣りが趣味なのも一緒、話しやすくて仲も良い。最大のライバルにして、最も身近な同僚」なのだという。
中神さんのインタビューを通じていえるのは、溶接士が成長するためには高い壁と、それを乗り越えるための練習環境が不可欠だということ。
溶接は一人で行う作業だが、仲間やライバル、そして実力ある先輩の存在が、成長に必要な要素であることを改めて感じさせられる。
中神さんは「今後、手溶接だけでなく半自動でも優勝して2部門制覇を狙うのもよいし、後進を育てて全国制覇に導くのも面白い。優勝を機に、より溶接が好きになった」と話す。
中神さんの目には、既に次の目標に対する炎が静かに灯っているようだ。