溶接を軸に次々と事業展開し続けるノンストップ経営 上代工業株式会社の上代健一社長に聞く
「道に迷った時にどうする?」という文言を、占いやクイズを目にしたことはないだろうか。つまりこれは「とにかく進む派」か「止って考える派」かを問うものだ。
そんな中、「絶対に進む派!」である上代健一氏は、神奈川県川崎市に本社を構える溶接事業所、上代工業株式会社の代表取締役社長だ。
ではそんな上代社長は、昨今多くの逆風にさらされる溶接事業をどのように進めたのかというと「BtoCの新規事業展開」「デジタル化」「外国人技能実習生の積極雇用」「溶接女子活躍の場の拡張」「ユニークな福利厚生」など、とにかく事業改革のキーワードに挑戦した。
今回のWelding Mateでは、結果的に全ての壁に向かって進み、乗り越え、一定量の成功を収める、今注目の溶接事業所を2回に分けて紹介する。1回目の今回は、上代工業の溶接事業についてを紹介する。
創業した1971年より、部品加工を中心に溶接事業を展開してきた上代工業。
同社では、鋼を中心に、ステンレス・アルミなど幅広い素材を溶接している。ステンレス・アルミ・薄板鋼板の一部はティグ溶接、中厚板鋼板は半自動溶接を駆使して製造にあたっており、特に中圧板の鋼板を溶接するエレベータ部品の依頼が売上の約8割を占める。
同社によせられる依頼で特に多いのが、建築物とエレベータのレールを繋ぐ「レールブラケット」の製造だ。
レールブラッケット図解(国土交通省)
エレベータ部品は、溶接部の強度が、人命に関わる重要部品であるため、求められる精度・基準が厳しい1点物となる。加えて、依頼先から「9㎜の鋼板を1回の溶接作業(ワンパス)で仕上げて欲しい」といった高難度な作業指示が付与されている場合が多いという。顧客が定めた工程に沿って溶接し、求められる精度を実現するためには、習熟した溶接士の技術力が欠かせない。
例えば、先述した「9㎜の鋼板をワンパスで溶接する」といった依頼の場合、一般的には複数層、溶接で肉盛りして開先を埋めていくことが多い。9㎜という板厚を、1回の作業で溶接するためには、大電流で、多くの溶接棒を融かすことになる。
電流値を上げると、スパッタの発生や、アークの安定性など、不確定な要素が発生する確率が各段に増えてしまう。
そこで、同社の溶接士は「溶接トーチと溶接部の距離を、状況に合わせて適時変更する」「開先を通常よりも狭く設定する」といった工夫が欠かせない。作業工程にまで、指示がある一品一様な依頼は、作業の正確性と、正確でありながらも状況に合わせて動作を変えることができる溶接士の勘所が必要なのだ。
同社の上代社長は「エレベータは、基本的に建築物に合わせて製造されるため、一様ではない。サイズや形状が1つずつバラバラなことに加えて、建築物にはそれぞれ内部に梁(はり)があるため、梁のでっぱりに合わせてレールブラケットの寸法を変えていく必要がある。これらに柔軟に対応するためには、ロボットの量産性ではなく、技能者の手作業が持つ柔軟性こそが重要だ」と話す。
作業の柔軟性担保には溶接士の手作業
同社では溶接士をはじめとした技能者による柔軟な作業を、「切断などの自動化」と「多能工化」によって担保している。
切断の場面で、同社では「HG2204NT
左から「HG2204NT
続いて多能工化について同社では、今、作業者が不足している工程に人を集めることができるように、「全ての工程に従業員が一通り触れる」といった指導を行っている。
上代社長は「目指すところは、1人ひとりが、全工程を1人で完遂することができるレベルだ。簡単な道のりではないが、それが実現できれば、工場内における人材の流動性は極端に高まり、必要な工程に必要な人数を常に配置できるため、作業効率が格段に高まるだろう」と話す。また、一定量、全ての工程に触れた技能者は、「次、どのような作業が控えているのか」を把握して動けるため、複数工程を担当できる溶接士は、溶接工程の作業効率も向上するという。
同社では、エレベータ部品という専門的な領域に深く食い込むことができている理由について、「神奈川県川崎市に本社を構えていたことで達成できた」としている。
上代社長は、川崎市は首都圏の神奈川県であり横浜と並ぶ大都市のため、人件費や土地のコストを考えれば、「郊外に工場を構えた方が、事業が加速しやすいのではないか」と考えたこともあるという。
一方で、高層ビルが立ち並ぶ首都圏の方が圧倒的にエレベータは多いため、エレベータ部品は首都圏ならではの構造物だという結論に行きついた。
エレベータ部品は、寸法変更などが頻繁に発生するため、「すぐ視察」「すぐ打ち合わせ」「すぐ製造」「すぐ納品」が、顧客から好まれやすい。エレベータ部品製造においては、「首都圏に工場があること」は大きな強みなのだ。
高層ビルが立ち並ぶ首都圏
また、同社は川崎市の下野毛工業組合に所属している。川崎市は工業地帯のため、製造業従事者が多く、下野毛工業組合をはじめ7団体ある工業組合があり、それぞれで協業体制が整っているのも魅力の1つだという。
国内有数の工業団地であり、人口150万人を越える首都圏の大都市である川崎市には、自動車・半導体・医療といった、幅広い産業の依頼が飛び交っている。そのため、近隣事業所を見渡せば、大部分の設備や加工技術は既にある。小さな町工場が軒を連ねて専門的な技能を紡いできた歴史もあるため、大手企業が1社で製造するのと比較すると、各工程でスペシャリストが多く、作ることができるものの選択肢が広い。
上代社長は「1社では引き受けられない依頼や案件も、街ぐるみで協力すれば、受けきれないものはないと感じている。郊外は、一定の量産品製造において事業効率が良いが、各種スペシャリストが集まる首都圏でのものづくりに見られる『小さな町工場の集合体』にも、大きな魅力がある。私の役目の1つは、横の繋がりが少ないとされる製造事業所の、つながりを築き、協業体制を組んでいくことだ」と決意を新たにする。
結果的に、近隣企業の持つ技術力を総動員することで、近年、同社には、メーカーからのハイエンドな試作品の依頼が増加傾向にあるという。金属だけでなく、アクリル、樹脂、木材など、幅広い依頼に回答することができることは大きな強みとなった。