石垣島と首都圏でのパラレルワーク実現 人手不足に負けない溶接事業展開 上代工業(株)上代健一社長

ルポ
twitter fb
 壁を越え続ける溶接事業所

昨今の溶接事業所は多くの逆風にさらされており、中でも特に大きな課題が人手不足だ。

そんな中、注目を集めているのが神奈川県川崎市にある上代工業だ。同社の上代健一社長は、よく耳にするキーワードである「BtoCの新規事業展開」「デジタル化」「外国人技能実習生の積極雇用」「溶接女子活躍の場の拡張」「ユニークな福利厚生」など、とにかく事業改革のキーワードと徹底的に向かい合った。

結果として同社では、人材を集めることができなかった状態から、2023年度には15人の従業員が加入。人手不足に負けない事業形態を築くに至った。

今回のWelding Mateでは、前回から引き続き、壁にぶつかる度に突き進み、乗り越え、一定量の成功を収める、上代工業を紹介する。

 繋がりで生まれる新サービス

「ありがたいことに、私が父から会社を継いだタイミングでは、企業の信頼や、仕事の依頼などが地盤として既にあった。私の役目は、横の繋がりが薄いとされる従来の溶接事業所から脱皮するためにも、『繋がること』を大切にしたいと考えてきた」と話す上代社長。

IMG_7101.JPG

繋がりを大切にすると話す上代社長

上代社長は同社が所属している川崎市の下野毛工業組合だけでなく、キャンプやバーベキューなど、大勢が集まるイベントを通じて、多くの近隣事業所と繋がりを持った。

積極的に、他事業所との繋がりを作った結果として、同社で生まれたものは多い。その1つが同社のBtoCブランド「HORIZON(ホライゾン)」だ。同社の持つ金属を切断して曲げ、溶接することができるといった特徴を生かしたキャンプ用品は、またたくまに注目を集めて、近隣14社の雑貨品が立ち並ぶ店舗として開所するに至った。

ヘラ絞りを得意とする企業の技能を生かした「燻製機」、板金事業所の「焚き火台」、アクリル加工を得意とする事業所の「光るランタン」、木工を得意とする事業所の「木製雑貨」など。自身で考えて、製造して、販売し、お客様が喜ぶという一連の流れについて上代社長は、「技能者が改めて『ものづくりの楽しさ』に気が付く機会になった」と話す。同事業は、川崎市がバックアップする海外展開事業に採択され、このほど、カンボジアにも店舗がオープンした。

町工場雑貨がズラリと並ぶ.jpg

町工場雑貨がズラリと並ぶ

続いて生まれたのが、端材シェアリングサービス「SCRUB(スクラブ)」だ。これは、製造業者が必ず抱えている端材への対応に貢献するサービスとして、神奈川県の「DX推進事業」に認定された。

一般的に金属板などの資材は、メーカーからロットで購入する。そのため、ハイエンドな試作品の依頼などの場合、「少量しか使わずともロットで購入しなければならない」という課題を抱えている事業所が多い。また、「見積もりには、ロット購入した素材全てではなく使用した金属板分しか反映できないケース」も少なくない。更に、スペースに余裕のない首都圏の工場では、余った素材は使い道がなければ、廃棄されてしまっていることが多い。

上代社長は「多くの事業所が軒を連ねているのであれば、コストをかけて端材を廃棄するより、可能な限りシェアすることで、各事業所の負担が軽減するのではないかと考えた。また、世界的な潮流でもあるカーボンニュートラルにも貢献できるため、システム開発に乗り出した」と話す。

事実、同社が近隣5社で調査した結果、1社平均、年間500万円程度の端材ロスが起こっていたという。

工場で見かける立てかけ端材.jpg

全国で8.5兆円にもなると試算される端材

厚生労働省の調査では、日本全体で、端材ロスは8.5兆円ある。要らない物は捨てるくらいならシェアする方が良いといったサービスは、「製造業が盛んで、かつ、広い工場面積をとることができない首都圏でこそ必要だ(上代社長)」という。

 人材獲得戦略

端材シェアサービスの開発など、デジタル技術を活用することで、積極的に事業を効率化させてきた同社では、「働く場所」「雇用する場所」について再考した。結果として同社では、「無理に首都圏で採用活動を行う必要はない」という結論に行きついた。

そして実現されたのが、おおよその溶接事業所では聞いたことのない「沖縄県石垣島と、神奈川県川崎市のパラレルワーク」だ。

同社では外国人技能実習生の雇用に加えて、「沖縄県石垣島からの人材雇用」を開始した。外国人技能実習生の受け入れについては珍しいことではないが、同社では、石垣島にCADセンターを開所し、デジタル人材の雇用を始めたのだ。

石垣島は工業高校などもあるため、製造業を学ぶことはできるが、「島内の産業は観光業、農業、漁業が中心で、製造業者の受け入れに限界がある」といった状況にある。工業高校の卒業生が、本格的に製造業に従事することを望む場合、多くの人は島の外で就職し、一度出て行くと帰郷するのが難しいといった課題があったのだ。

そこで同社では、石垣島に昨年10月にCADセンターを開所。3DCADといった設計分野が得意な人材は、石垣島を出ることなく製造業に従事することができ、溶接などの専門的な技能を学び、生かしたい人材は川崎の本社工場で勤務することもできる。

宮古島と首都圏のパラレルワーク.jpg

石垣島と首都圏をパラレルワーク

上代社長は「製造業は3Kイメージが先行して成り手不足という課題を抱えている。首都圏では特に待遇の良い他業種もあり、町工場を選ぶ人材は少ないが、場所を変えれば、『島ぐるみで喜んで人材を送り出してくれる』ことに気が付いた」と話す。シェアリングサービスも同様だが、場所、企業、場面を選ぶことで、必要とされるポイントはあるのだ。

 外国人材・女性溶接士の活躍

上代社長は、「石垣島の事例と同様だが、外国人技能実習生も、日本のものづくりが持つ技能は魅力的だ」と話す。同社には、定期的に年間4人のインドネシアからの技能実習生を受け入れており、外国人材は、言葉の壁こそあっても、意欲を持って技能と向き合っているという。

また、「技能実習制度のリスクとして考えられるのは、3年から5年で帰国してしまうケースが多いということだ。当社では半年に2人ずつ雇用しており、一度に大人数が抜けるというリスクを低減している(上代社長)」と話す。

また同社では、女性の溶接士が活躍している。同社の作業工程には、「筋力の劣る女性では持ちあげられない構造物」などはほとんどない。同社がでは、小売店舗「ホライゾン」を開所したことで、製造業に興味を持っていた学生が見学に来て働くことを決めるケースも増えてきているという。「女性の中でも、重量物があるから製造業では働かないという人は一部で『溶接事業所を知らない』だけなのだ。知ってもらえば、パン屋、ケーキ屋のように、選択肢の1つに入ることもある」(上代社長)。

溶接女子の石璃乃さん.jpg

 上代工業で働く溶接女子の石璃乃さん

 ユニークな福利厚生

同社での福利厚生としては、「KAMISHIRO CAFEという休憩エリアで、挽きたてのコーヒーを飲むことができること」「スポーツジムが併設されており自由につかうことができる」などがある。

スポーツジムを作った理由は、上代社長が「スポーツジムに入会したが、通うのが面倒で辞めた」といった従業員の話を聞き、「自社内にスポーツジムがあれば通う必要はない」と作ってみたのだという。

特にスポーツジムは、日本人技能者と外国人技能実習生とのコミュニケーションを加速させた。「外国人材は、当然、日本語は拙いが、会話することができないわけではない。一緒に汗を流して、うまいコーヒーを飲めば、言葉の壁は大きな問題ではなかった」(上代社長)。

 さいごに

同社では数十年後に、人口減少が懸念される日本においては、デジタル技術とものづくりの技能が融合していくことになると想定している。重要なのは、IT大手のGoogle社や、製造業大手のトヨタなどの超巨大企業が、モデルケースを作るのを待つのではなく、全て試してみることのようだ。

上代社長は「工場作業者全員に、進捗確認用のiPadを支給した時に、『無駄だ』『すぐに壊れる』といった反対の声もあったが、現在では、年齢に関係なく、進捗確認をアイパッドで行っている」と話す。とりあえず挑戦する姿勢から、繋がって、次の時代を支える事業形態が生まれることは多く、挑戦する前から、結果がわかるというものではないようだ。

今ではデジタルでの進捗管理が行き届いている上代工業.jpg

今ではデジタルでの進捗管理が行き届いている上代工業

関連記事 (3).png

share SNSシェア
twitter fb