溶接士の日常描いた小説「我が手の太陽」 作家:石田夏穂さんインタビュー(溶接ニュース2024年1月2日号より)

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 職人小説「我が手の太陽」とは

世界中で数少ない、溶接士が主人公となる物語り「我が手の太陽」(講談社)をご存じだろうか。

この、「我が手の太陽」は2023年度に、第169回芥川賞候補作ノミネートされ、異色の職人小説として話題を集めた。

同作の作者でである石田夏穂さんは、デビュー作「我が友、スミス」の発表以来、小説家としての活躍だけでなく、会社員として施工管理も行う二刀流の小説家だ。同作には、詳細な溶接の施工方法をはじめ、施工管理者として石田さんが得た知見も存分に描写されており、世界観を構築している。

今回、「我が手の太陽」の作者である石田さんに、作品の魅力や、小説家としての考え、施工管理の仕事を通して感じる溶接作業の奥深さなどについて話を聞いた。

 何故溶接士を主人公に?

仕事で溶接士の方々と接することが多く、溶接士は、「自分の仕事に誇りを持っている人が多い」と感じています。

その仕事に対する向き合い方に惹かれ、プラントの現場溶接士を主人公にした小説を書きたいと思いました。プラントの建設現場における配管溶接を生業とする話であれば、仕事で得た知識を詰め込むにはピッタリのテーマ。書く側としても楽しく執筆することができました。

 溶接に関する描写がリアルですね

学生の頃に学んだことや、仕事で使う知識などを思い出しながら書きました。

実は、編集担当者からは「専門用語がマニアックすぎて理解できない」と指摘され、削除したり、表現を変更したり、誤魔化した部分も、沢山あります。

例えば、編集担当者に、「溶接作業を行う前加工でV型の開先を取る」という内容を何回も説明しました。しかし、理解を得ることができなかったため、最終的には、開先加工について「炒める前のソーセージに切り込みを入れるような」と、自分でも不思議に思う説明をしました(笑)

 Welding Mateには表現が理解されますね

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(実は溶接ニュースの読者だと話す石田さん)

Welding Mateの皆さんには理解していただけると思います。

余談ですが、勤務先が「溶接ニュース」を購読しており、職場で読ませていただいております。溶接競技の全国大会など、少年漫画のテーマにもなりそうな取り組みが掲載されており、興味深く読ませていただいています。そもそも、溶接の新聞を月4回のペースで発行しているのは凄いことですね。

 石田さんの経歴について教えてください

大学の時には、建築学科で鉄筋コンクリートなどについて勉強してきました。

そこからプラントエンジニアリングなどを手掛ける今の会社に就職し、施工管理の業務に携わるようになりました。

 小説家として活動を始めたきっかけは?

もともと小説を書くのが好きでした。3年前に新人公募の文学賞で佳作を頂いたことがきっかけで、小説家としてデビューしました。基本的には出勤前の時間や、休みの日などを利用して小説を書いています。

とはいえ、小説家と会社員の兼業は正直、疲れます(笑)。

しかし、私の小説は日常生活で気づかされたことを綴るものばかりなので、兼業のおかげで小説が書けているのも事実です。

例えば、仕事ばかりしていると運動不足になりがちなので、ほぼ毎日ジムに通って筋トレに励むことが就職後の、私の習慣なのですが、デビュー作「我が友、スミス」は筋トレ小説でした(笑)。

その話の主人公である筋トレに励む会社員などもそうですが、地味な労働や、日々のルーティンなど、他人から見ると単調に思える生活の中にこそ、人間がもっとも人間らしく生きている姿があると思います。

私の小説では、人が単調に生きている様子をあえて省かずに描くことで、人間臭さを表現したいと思っています。

 今作は石田作品の中でも重たい作風ですね

シブい話を書きたいと思いました。

例えば、若手の技能者が職人として腕を磨き成長していく物語ではなく、働き盛りとされる世代の腕利きの溶接士が調子を崩していく様子をシビアに追いたかったです。

 施工管理者の立場からみた溶接士とは

現場でも「マルG溶接」と呼ばれる高度な溶接ができる溶接士は一目置かれています。マルG溶接士は、待遇面も良く、休憩所に溶接士専用の部屋が用意される場合もあるようです。

金属の種類によっては母材を溶接する前に時間をかけて温めることで溶接品質を確保する熱処理方法がありますが、溶接士を待たせないように、かなり早い時間から行われることもあります。

 溶接の魅力を教えてください

溶接と一口にいっても様々な方法があり、それぞれに特徴があることが魅力の一つだと思います。

作中でティグ溶接とガス溶断の違いについて、主人公が勤務先の上司に溶接のアーク光をガス溶断の火炎と同じ「火」と言われ、内心で「こいつは何もわかってない」と思うとエピソードは、個人的に1版好きなシーンです。このように、溶接といっても複数の種類があり、マニアックな違いがあるのは面白いです。

最近は、ティグ溶接と被覆アーク溶接の違いも面白いと思っています。

 石田さんは溶接をしたことがありますか

学生の頃の材料試験では、鉄筋などを溶接で接合してから破壊試験していました。

しばしば学生自身の手で溶接し、試験体を作ることもあったのですが、何故か、私の試験体はほかの学生のものより強度が弱く、破断しやすかったのを覚えています(笑)。

また、神戸製鋼が実施している溶接講習を受けたこともあります。

 実際に溶接してみて感じたことは

溶接講習などで様々な溶接を体験しましたが、特にティグ溶接は遮光面で視界が真っ暗闇の中、両手を使い、溶加棒を入れながらビードを引いていく作業が本当に難しく、奥深いと感じました。

プラントの建設現場の配管溶接でもティグ溶接の適用は多いのですが、まっすぐビードを引くだけでも難しいのに、溶接士の方々は姿勢を変化させながら見事に接合していて、まさに匠の技です。

今回、小説の主人公である伊東も、ティグ溶接を得意としています。

個人的には玉虫色になる溶接ビードの美しさや、繊細な動きが要求される技術も含めてティグ溶接が一番好きです。現場でもティグ溶接を、よく見ますが、遮光面なしで溶接中のアーク光を直視しすぎないように気をつけています。

今の仕事では工場の溶接に接する機会が少ないので、今後いろいろな溶接を見てみたいですね。

 最後に読者の方へメッセージを

全般に溶接士の方々にはオーラがあって、仕事の正確さや立ち振る舞いなど、とにかく格好良いと思います。

また以前、海外の現場に行く機会があったのですが、例えばインドネシアなどでも普通に日本メーカーの溶接棒が使われていて、感動しました。

自分は今の仕事を通して自然と溶接を知ることができましたが、溶接という作業の魅力がもっと認知されればいいと思います。

もし、「我が手の太陽」が、そういったきっかけになれば嬉しいです。

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